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常設展示

『ピエタ(Pieta)』コルヴィッツ展ポスター ケーテ・コルヴィッツ

Kathe Schmidt Kollwitz

当館では、彫刻作品『ピエタ』(ブロンズ/1937年)を中心に、ケーテ・コルヴィッツの作品を常設展示しています。

第一次世界大戦で息子を、第二次世界大戦では孫を、戦死させ、終戦に立ち会うことなく他界したコルヴィッツ。芸術家としての深い沈思の果てにかたちづくられた彼女の作品は、一人の女性としての、そして母としての想いで満ちています。
戦争がなくても平和と呼ぶにためらいを覚える今日の日本にあって、彼女の力強い作品の数々を目にするとき、いのちについて、人と人とのつながりについて新たに向かい合うこととなるでしょう。

コルヴィッツ「自画像」
ケーテ・コルヴィッツは・・・ 

1867年7月8日、東プロイセンのケーニヒスベルヒ(現在リトアニア共和国)に生まれ、1945年4月22日、待ち望んでいた第二次世界大戦の終戦間近に、モーリッツブルクにて77才で亡くなりました。

彼女の力強い版画や彫刻の初期作品のモチーフとなったのは、医師である夫の診療所を訪れる貧しい人びとでした。そうした主題は、虐げられた存在を哀悼し告発するものでありますが、彼女の作品からは「反戦」などのメッセージだけでなく、普遍的な広がりや奥行きが伝わってきます。それは彼女が自身の日記で、貧しくも真直ぐな眼差しの働く人びとが「私には無条件に美しいと感じられた」と綴っていることからも伺えます。

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ミエチスラフ・コシチェルニアク
コシチェルニアク「希望」1912年1月29日
 ポーランド中部カリシに生まれる。
 クラコフの美術アカデミーに学ぶ。

1939年
 徴兵され、ワルシャワ防衛線にて負傷、郷里に帰り、対ドイツレジスタンスに加わる。

1941年2月3日コシチェルニアク「聖家族の像」
 レジスタンス活動とポーランド人が射殺されるところを描いた16歳のときの作品のために逮捕され、「送還無用」のメモと共にアウシュビッツに送られる。囚人番号15261、悪名高い労働班に配属される。偶然、絵画の才能を発見され、ナチの親衛隊のために絵を描かされる。密かに監視の目を盗んで、獄中の仲間や地下運動のための絵も描き、洗濯物にまぎれこませ収容所の外に持ち出す。

1945年1月18日
 メルク・エーベンゼーの各強制収容所に移送されたが、米軍により解放される。

 

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